近年、防音室業界が静かに変化を遂げています。
自宅での音楽活動や動画配信が一般化したことで、防音室は一部の専門家だけのものではなくなりました。2020年以降、ヤマハやカワイといった老舗メーカーをはじめ、建材企業、住宅デベロッパー、さらには家庭用簡易ブースの新規参入まで、業界全体が再構築のフェーズに入っています。
この記事では、2020〜2025年の主要メーカー動向と、新製品・モデルチェンジを中心に、最新トレンドをわかりやすく紹介します。
1. 防音室メーカーが動く5年間#
2020〜2025年の市場変化をふりかえる#
防音室市場は、配信文化とリモートワークの拡大によって急速に需要が広がりました。
もともと音楽家や教育施設向けに展開されていた製品が、在宅ワーカーやVTuber、映像編集者など、まったく新しいユーザー層に使われるようになったのです。
防音の目的も変化しています。かつては「音を漏らさない」ことが中心でしたが、現在は「心地よく音を響かせる」や「集中できる環境を整える」といった、音の快適性と心理的な安心感が重視されるようになりました。
メーカー各社が進めた技術革新#
2020年代前半の各社の共通点は、「遮音+調音」「高性能+軽量化」「体験型販売」の3点です。
ヤマハは響きの自然さを追求した「セフィーネNS」を刷新し、カワイはDr-60クラスの新ユニットを投入。建材メーカーのDAIKENは防音と断熱を一体化させた新シリーズを打ち出しました。
また、低価格帯では組み立て式の簡易防音ブース「Forte」など、新規参入も増えています。
2. ヤマハの動向:セフィーネNSと“ナチュラルサウンド”の進化#
主力モデル「セフィーネNS」シリーズの刷新#
ヤマハの防音室シリーズ「セフィーネNS」は、2020年代に入りデザインと音響性能の両面でアップデートを続けています。
従来モデルでは遮音性能(D-50前後)を中心に訴求していましたが、現在は「ナチュラルサウンド」をテーマに、室内の響き方まで設計に取り込むようになりました。壁面の吸音パネルや天井構造を改良し、演奏時の“こもり感”を軽減。音楽活動だけでなく、録音やボイス収録にも適した空間として位置付けています。
レンタル・体験導線の強化#
ヤマハは、購入検討者の心理的ハードルを下げるために「レンタル制度」を拡充しました。短期レンタルで実際の防音効果を体験できる仕組みを整え、導入後のミスマッチを防いでいます。
また、展示会やショールームでの試奏体験も強化されており、利用目的に合わせた音響相談がしやすくなりました。
ユーザー層の広がり#
最近では、ピアノ練習だけでなくVTuberの録音ブースやボーカルレッスンルームとしても採用例が増えています。
ヤマハの防音室は「演奏を楽しむ」だけでなく「声を届ける」空間としても進化しているのです。
3. カワイの展開:ナサールと高遮音ユニットの進化#
「ナサール」新ユニットUWSモデルの登場#
カワイ音響システムの防音室ブランド「ナサール」は、2024〜2025年にかけて新型ユニットUWSを発表しました。
従来のDr-50(遮音値50dB)クラスから、Dr-60(60dB)相当へ性能を向上。
これはドラムや録音など、大音量を扱う用途でも十分対応できる仕様で、業務用防音室に近い性能を家庭向けに実現したものです。
ショールーム開設と体験戦略#
2025年には東京・千代田区に「ナサール専用ショールーム」がオープン。
従来は楽器店併設が主流でしたが、専用施設を設けたことで、オーダーメイド防音室や高遮音モデルを体験できるようになりました。
実際の使用環境を想定した展示は、購入検討者にとって大きな判断材料となっています。
オーダーメイド・住宅向け提案の強化#
カワイは防音性能だけでなく、居住空間としての快適性にも注力しています。
調光照明・換気システム・デザイン内装など、住宅空間との融合を意識した設計が進んでいます。ピアノ室やレッスンルームから、リビング併設型の防音ルームまで、用途の幅が広がりました。
4. 建材メーカーの新潮流:防音+断熱の複合化#
DAIKENの「スーパープレミアム防音」登場#
建材メーカーのDAIKENは、防音・断熱・防火を一体化した「スーパープレミアム防音」シリーズを発表しました。
これまで別々に考えられていた“防音性能”と“住宅の快適性”を統合し、家全体で静かな空間をつくるという発想にシフトしています。
住宅施工との融合が進む理由#
防音室を特別なオプションではなく、住宅性能の一部として組み込む流れが強まっています。
省エネ住宅やZEH仕様(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)と組み合わせることで、静音と快適性を両立させる提案が増えています。
コストと性能のバランス改善#
新素材の採用により、施工コストを10〜15%削減しながら高い遮音性能を維持できるようになりました。
これにより、中価格帯でも高性能な防音空間を実現できる住宅が増えています。
5. 低価格・コンパクト防音ブース市場の拡大#
「Forte」など新規参入の家庭用ブース#
2025年には、ロータス社の「Forte」シリーズが登場。
数十万円クラスで導入できるコンパクト防音ブースとして注目を集めています。
組み立てが簡単で、賃貸住宅でも利用できる点が大きな魅力です。
低価格帯の性能向上#
簡易防音ブースはD-35〜40クラスの性能が中心ですが、材料改良により音漏れを効果的に抑えられるようになりました。
ゲーム実況やナレーション収録など、日常的な配信活動には十分な遮音性能を備えています。
利用者の多様化と“音の個室化”トレンド#
防音ブースを「防音室の代替」ではなく「自分専用の音の個室」として導入する人が増えています。
テレワークやオンライン授業など、生活全体の静けさを確保する手段としても活用されています。
6. 賃貸市場との連動:防音住宅ブランドの進化#
「ミュージション」シリーズの新築展開#
防音賃貸の代表ブランド「ミュージション」は、2025年も全国で新築物件を展開中です。
24時間演奏可能な高遮音住宅として、プロミュージシャンや配信者に支持されています。
共用スタジオや防音管理システムを備えた新モデルも登場しました。
防音室メーカーと不動産業界の協業#
近年は、防音室メーカーと住宅デベロッパーの連携が進んでいます。
ヤマハやカワイのユニット防音室をマンション設計段階で組み込むケースも増えており、「防音付き賃貸」が一つの住宅カテゴリーとして定着し始めました。
クリエイター向け物件の新潮流#
AI音響制御やIoT換気システムを搭載した“配信者向け賃貸”も登場。
音だけでなく、照明・湿度・換気まで自動制御するスマート防音住宅が、次のステージとして注目されています。
7. 技術トレンド比較:2020年→2025年の変化#
観点 | 2020年ごろ | 2025年の傾向 |
---|---|---|
主な製品テーマ | 遮音性能重視 | 遮音+調音(響きの自然さ) |
主要性能帯 | D/Dr-45〜50 | D/Dr-50〜60、高遮音志向 |
販売導線 | 楽器店中心 | メーカー直営ショールーム・レンタル導入 |
建材技術 | 吸音材+遮音構造 | 断熱×吸音の複合構造 |
価格帯の広がり | 中価格中心 | 低価格ブースの参入で裾野拡大 |
新技術トレンド | — | AI防音・IoT制御が普及期へ |
2020年代前半は、音楽室やスタジオ需要が中心でしたが、2025年時点では「暮らしの防音」がキーワードになっています。
日常生活の中で静けさを設計する発想が、メーカー開発の方向を変えています。
■ 防音室メーカー別性能・特徴比較(2025年時点)#
メーカー / ブランド | 主力モデル・シリーズ | 遮音性能(D値 / Dr値) | 対応用途 | 価格帯(参考) | 特徴・技術トピック | 想定ユーザー層 |
---|---|---|---|---|---|---|
ヤマハ | セフィーネNSシリーズ | D-45〜55程度 | ピアノ・弦楽器・ボーカル・配信 | 約80〜200万円 | 「ナチュラルサウンド」設計。吸音+調音バランスを重視。レンタル・体験導線を強化。 | 楽器演奏者、ボーカリスト、配信者、家庭用導入層 |
カワイ | ナサール UWSモデル/オーダーメイド防音室 | Dr-50〜60(最大60dB/500Hz) | ドラム・録音・レッスン・プロ制作 | 約120〜300万円 | 高遮音・高耐火構造。オーダーメイド対応。専用ショールーム開設。 | プロ演奏者、音楽教室、録音スタジオ |
DAIKEN(建材) | スーパープレミアム防音仕様 | D-45〜55相当(住宅構造依存) | 住宅防音・ホームシアター・ワークスペース | 建築組込型:+30〜40万円程度 | 防音+断熱+防火の複合パネル。住宅性能と統合。省エネ対応。 | 住宅購入者、在宅勤務者、設計士・工務店 |
ミュージション | 高遮音賃貸シリーズ | D-50〜60(物件により異なる) | 24時間演奏可能な集合住宅 | 家賃:月13〜25万円 | 高遮音賃貸ブランド。全室防振構造・防音扉標準。共用スタジオあり。 | プロ演奏者、音大生、配信者、長期利用希望者 |
ロータス(Forte) | コンパクト防音ブース | D-35〜40前後 | 配信・会議・歌唱練習 | 約20〜50万円 | 組立式・軽量。省スペース&移設可。賃貸でも導入可能。 | VTuber、テレワーカー、一般家庭層 |
■ 性能別の比較まとめ#
比較項目 | ヤマハ | カワイ | DAIKEN | ミュージション | Forte(ロータス) |
---|---|---|---|---|---|
遮音性能の上限 | D-55 | Dr-60 | D-55相当 | D-60 | D-40 |
音の響き設計 | ◎(調音型) | ○(高遮音特化) | △(住宅構造依存) | ○(住居用設計) | △(簡易型) |
移設のしやすさ | ○(ユニット式) | △(固定設置中心) | ×(住宅施工型) | ×(固定建物) | ◎(組立式) |
コストパフォーマンス | ○ | ○(性能重視) | ◎(住宅併用) | △(家賃型) | ◎(導入費安) |
デザイン性 | ◎ | ○ | ○ | △ | △ |
メンテナンス性 | ○ | ○ | ◎ | ○ | ◎ |
■ 総評と選び方のポイント#
- 静音性能を重視するなら:カワイ「ナサール」やミュージション物件が優位。
- 演奏と響きを両立させたいなら:ヤマハ「セフィーネNS」の調音設計が最適。
- 住居一体型やリフォーム計画なら:DAIKENの建材防音システムが現実的。
- 低コストで試したいなら:Forteなどの簡易ブースで“お試し防音”が可能。
8. 今後の展望:2030年に向けた製品と市場の未来#
高遮音×快適性の両立が進む#
今後の防音室は、「完全に音を遮る」よりも「快適に響きをコントロールする」方向へ進むと考えられます。
AIによる音響制御や自動換気が標準化すれば、室内環境のストレスも大幅に軽減されるでしょう。
住宅連携とサステナブル設計の拡大#
再利用可能な防音材や、引っ越し時に再設置できるユニット型の開発が進んでいます。
建設時だけでなく、ライフステージに合わせて“持ち運べる防音”が一般化する可能性があります。
ユーザーが選ぶ時代へ#
カタログスペックで比較する時代から、体験・レンタル・ショールームを通じて「自分に合った防音環境」を探す時代へ。
メーカー各社は、防音を“製品”ではなく“サービス”として提供する方向にシフトしています。
9. まとめ:進化する防音室が暮らしを変える#
この5年間、防音室業界は確実に変わりました。
ヤマハは調音、カワイは高遮音、DAIKENは住宅統合、ロータスは低価格。
それぞれのアプローチが異なりながらも、共通しているのは「静けさをより自然に、より身近に届ける」という姿勢です。
今後、防音室は特別な設備ではなく“音を楽しみながら暮らすための空間”として定着していくでしょう。
そしてメーカーの進化は、静寂を求めるすべての人に新しい選択肢をもたらしています。